4000万円の命綱と無の境地|仕事への情熱を失いFIREするまで

窓辺に立ち明るい外の景色を眺めているオフィスカジュアル姿の日本人男性 FIRE

46歳で資産4000万円に到達したことに気がついたとき、すぐに会社を辞めるという選択はしなかった。

急いで辞める理由もなかったため、その後も1年半は会社に行き続けていた。

いつでも辞められるという状況は精神的な余裕を生む一方で、別の大きな変化を自分の中にもたらすことになる。

それは仕事に対するモチベーションの低下だ。

4000万の命綱が奪った根気

オフィスのデスクに座り少し肩の力を抜いている日本人男性

45歳からインデックス投資を始めたとき、いくらあればFIREできるかざっくり計算していた。

俺は自分のポートフォリオの想定利回りを6%で見ていた。

しかし、6%をそのまま取り崩すのは危険なので、それで計算するわけにはいかない。

そこで採用したのが4%ルールだ。

4%ルールで考えれば、1000万円あれば年間40万円が取り崩せる計算だ。

しかし特定口座で取り崩すなら、元本が2倍に増えている投資信託であればざっくり1割くらい税金で持っていかれる。

なので、手元に残るのは税引き後で36万円。

つまり、1か月あたり3万円という計算だ。

この計算でいくと、4000万円あれば税引き後で月12万円くらい出せることになる。

俺は実家でFIREしようと思っていたし、独身だからね。

それなら月12万円あればギリギリで生きていけるんじゃないかと思っていた。

しかし、この「いつでも実家でFIREできる」という命綱を手に入れた事実が、徐々に仕事への根気を奪っていくことになる。

今まで100の力でやっていた仕事の基準が、気づけば70くらいまで下がっていたよね。

手を抜いているわけではないが、どうしても踏ん張りがきかなくなる。

そんなふうに妥協してやり過ごしている自分自身が、だんだん面白くなくなっていった。

いざとなれば逃げられる状態が、仕事への情熱を完全に奪い去ったというわけだ。

注意点:実際の特定口座での税率は20.315%ですが、本文は筆者が当時おこなった独自の計算に基づいています。

 

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退職宣言とコロナショック

窓の外の悪天候を静かな表情で見つめている日本人男性

モチベーションが下がり続ける中、48歳のときに決定的に嫌なことが起き、ついに「もう辞めます」と宣言した。

会社からは3か月待ってくれと言われ、そこから実際に退職するまでに3か月待つことになったわけだ。

そしてその待っている間に、あのコロナショックが直撃した

相場は一気に荒れて、退職までの消化試合の中で未曾有の大暴落を目の当たりにすることになった。

普通なら退職をためらうようなタイミングかもしれないが、決心は全く揺らがなかったし、ただ無の境地で淡々と引き継ぎをこなすだけだった。

会社への未練なんてものは、とうの昔に消え失せていたからね。

あんなにモチベーションが落ちていた人間を3か月も引き留めるような会社に、これ以上付き合う義理もない

相場がどうなろうと、早くここから立ち去ることしか頭になかった。

 

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退職時の資産と運用計画

暖かい日差しの下で木製のデスクに置かれた資料に手を添える様子

退職時には200万円ちょっとの退職金も入り、最終的な資産額は4200万円くらいになっていた。

すでに1000万円近くはインデックス投資に回していた状況だ。

前年の9月くらいから相場が良くて一時はプラス200万円くらいまでいったが、コロナショックのせいでマイナス200万円まで一時的に減ってしまった。

それでも不思議と恐怖はなく、ただ計画のとおりに進めるだけだった。

本来なら生活防衛資金を100万円くらい残して一括投資するのが理論上の正解なのだろうけど、素人にそんな怖い真似はできるわけがない。

だから残りの現金は毎月30万円ずつ、何年もかけて淡々と投資へ振り替えていく計画を立てた。

暴落の中でも何も考えず、機械的に毎月30万円の振り替えを続けていたね。

振り替えが終わるまでの数年間は投資金額が小さいため、支出のほうが多くなることは想定していたが、それでも徐々にトントンに近づけばいいと漠然と考えていた。

振り替えさえ終わらせてしまえば、そこからは複利の力で資産が増えていくだろうと楽観視していた。

しかし、今考えれば、よくそんな漠然とした状態でFIREしたよな。

まあ、当時の俺はそれだけ会社が嫌だったということだ。

 

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まとめ:無の境地で迎えた退職

明るい日差しが差し込む空間を穏やかに歩いていく日本人男性

相場の暴落すら気にならないほど、会社への嫌悪感が完全に上回っていた退職劇だった。

4000万円という具体的な命綱があったからこそ、不安を感じず無の境地で会社を去ることができた。

劇的なドラマなど何もなく、ただモチベーションが枯渇してフェードアウトしただけだ。

こうして、1年半に及ぶ感情の摩耗と未曾有の暴落を経て、いよいよ実家でのFIRE生活がスタートしたというわけだ。